下を向いて歩こう
僕は昨年、3週間東南アジアをバックパックしていた。旅路は香港→マカオ→中国(広東、桂林、南寧)→ベトナム→ラオス→タイを駆け足で回るというもの。
その初日、僕は香港の大陸側を旺角→油麻地→尖沙咀と歩いていた。尖沙咀に着く頃にはすっかり日も沈んでいたが、なお活気ある繁華街は日本の渋谷に近い雰囲気。坂の多い街並みには、居酒屋がたち並び、キャッチらしい黒人がちらほら。
23時の尖沙咀はネオンが煌々と光り、眠る気配を見せない。懐かしい感じがした。
時差1時間、24時の渋谷もきっとこんなネオンが灯っているのだろう。
24歳、初の海外1人旅、その初夜、僕の心は渋谷に片足を置いたままだった。
僅かにセンチな色を帯びながら、ネオンを見上げて思った。
「いい旅にしよう…」
瞬間。
右足が未知の動摩擦係数に出会った。
すべるすべる。
そこはどこまでもまるで渋谷。その再現度たるや。道端には吐瀉物が散見された。そう、僕の右足はしっかりと"渋谷"を捉えていた。
絶望。
僕は確かにネオンを見上げていたが、目の前は真っ暗。
尖沙咀は眠らない。僕を安らかに眠らせるつもりもない。
こうして初の1人旅は出鼻を見事に挫かれ、苦い思い出となったのだった…。
しかしこの時、僕は「下を向いて歩こう」と固く誓ったのだった。
もうこれ以上涙がこぼれないように…。
それは泣きながら歩く一人ぼっちの夜。